「いつまで経ってもわからないこと」

 先日、会社員時代の同僚と呑んだ。二人で指折り数えて みれば、十年以上ぶりの「呑み」である。「あんたはすぐ つけあがるから。もう、その鼻っ柱を折りたくて折りたく て」と、隙あらば、突っ込んでくる。 続きを読む [続きを読む]

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『トリエンナーレとスタンプラリー』

 忙中閑あり、の谷間で、トリエンナーレパスポートを購 入。打合せの前後などにちょこまか足を運んでいます。折 角なので、オリエンを。 続きを読む [続きを読む]

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『ラジオドラマの世界』

 私が脚本家デビューしたのは、27才のとき、ラジオドラ マが舞台である。拾ってくれたのは、今は「文学おたく友 だち」と成り果てている(?)T氏。だが、T氏は、名古 屋のラジオドラマの一時代を築いた偉人でもある。 続きを読む [続きを読む]

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天竹神社の棉祖祭    天竹町

  天竹神社の棉祖祭は、綿を伝えた新波陀神の祭礼で す。この祭りでは、海を渡って伝えられた綿にちなん で船みこしが担がれ、古式ゆかしい「綿打ち」の儀式 も行われます。 続きを読む [続きを読む]

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『台風一過』

 我が家で言うところの「台風」とは、姪っ子軍団を指す。 小3から1才半までの女子4人。千葉県市川市野鳥公園周 辺でも評判の、美人姉妹ならぬ元気姉妹である。 続きを読む [続きを読む]

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寺津城と金剛院  <寺津町>

寺津城は西条吉良氏の重臣として栄えた大河内氏の居城で、永正年間(一五〇四〜 二一)に築かれたといわれています。大河内氏は、江戸時代には幕府の重職に任ぜられて大名となり、十三代の久綱からは松平姓を名乗りました。 <続きを読む> [続きを読む]

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元石炭商石頼商店  <平坂町>

 西三河の貨物の集散が盛んで、全国への輸送の拠点 であった平坂湊は、明治十五年当時では出入りの船数二千隻と三河の主要な港の一つでした。この港を利用 して営業を始めたのが石炭商石頼商店です。 続きを読む [続きを読む]

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『終わらざる夏』

 本屋で10分ほど逡巡した結果、買った、浅田次郎の新刊 である。寡作の高村薫や村上春樹、松浦久輝は安心して買 えるが、多作の人は用心が必要だ。私の経験から言うと、 家を建てたあとが特にいけない。 続きを読む [続きを読む]

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八ツ面山公園 <八ツ面町>

 大小二つの山からなる八ツ面山は,市街地北東の平野の真ん中にそびえています。かつて雲母を産出していたことから雲母山とも呼ばれ、西尾のシンボル的な存在です。また、大昔、弥五郎という大男が土を運んでいたとき、肩に担いだてんびんから土をこぼしたことによってこの [続きを読む]

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『ご縁つながり 〜あるいは、町娘隊が出来るまで』

 「おみやげ町娘隊」が世の生まれることになった、そも そものきっかけは、約半年前に、私が「にしおアートねっ と」を発見したことにある。 続きを読む [続きを読む]

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